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BentheAce Production 過去のクラシック音源7インチリリースの第3弾

MURO + BentheAce Joint !!!  90’s 日本語ラップ・クラシック

『第三段落97page』(1997年)リリース20周年記念 7”シングル

6/9 リリース

 

1996年の暮れ、アンダーグラウンド・ヒップホップ最盛期のニューヨークで制作/レコーディングされたこの曲は、当時のスタンスを確立するまでに至る歴史の綴られた「分厚い本」を読み進めていく設定で、ページをめくる毎に展開していく、ストーリーテラーとしてのスキルがドス黒く輝くライムは、当時のMURO の『MCとしての定義』の表明であり、ムロの自伝的なサクセス・ストーリーである。

第一段落の87年から第三段落の97年に至る10年間、ヒップホップに出会って夢中になり、誰にも相手にされない屈辱的な経験も経て、12″を1万枚以上売り上げるまでに至った、日本のヒップホップのパイオニア世代が体験した黎明期からのジャパニーズ・ヒップホップ・ヒストリーでもある。

 

MURO / 第三段落97Page XXX-Large Pt.2 レコーディングセッション @ Kampo Studio NYC 1996 前列の卓に向かう2人はSpellbound のNY音源全てミックスエンジニアを担当してくれたマコトさん(左)とケンジ(右)。 マコトさんとはデブラージとの唯一の共同仕事、GKマーヤンのデビュー曲のリミックスでブルックリンにあったFunky Slice Studio のエンジニアとして出会った。当時日本人オーナーの下、音楽志す若い日本人が集ったそのスタジオはNYにいたこともある中尊寺ゆつこの漫画にも登場、DLも一時はそこでインターンをやっていたがブッダを結成、最初の12"のファンキーメソジストの録音もこのスタジオだった。マーヤンリミックスでNYで最初のレコーディング時、S950のディスクドライブが壊れDJマスターキーにSP1200を借りて俺のSPと同期させてサンプリングタイムを稼いだんだけど、その話をきいたマコトさんが950修理をしてくれて、しかもSPと950を直結して同期する方法を伝授してくれて、これが俺のビートプロダクションのブレイクスルーになった。きけばFunky Slice Studioもマコトさんの設計で、こんなに頼りになる人はいないと、E.G.G.Manのソロ制作の機会からマコトさんに頼んでNYでのレコーディングを敢行、E.G.G.Manの個人的なプロジェクトだったこの曲「羊の皮をかぶった狼」はナイトフライトでデモを放送後、ECDの耳にとまりさんピンキャンプのアルバムに収録されることになった。 その勢いでSPELLBOUNDを立ち上げる、というタイミングでマコトさんが日本から来た直後のケンジを引き入れて、Funky Slice Studioでツイギーのミラーボール/みはるかすかなた のレコーディングをやったのがこのチームでの最初のスタジオワーク。その後、Funky Slice Studioが売却されることになり、ケンジの勤務してたダウンタウンのKampo Studio に移り、ツイギーのメジャーデビュー「Al Khadir」までSPELLBOUNDのNY音源はこのチームでの仕事。2インチリールのアナログレコーダーにSSLの卓というフル装備のスタジオは、日本ではADAT発売直後のデジタルレコーディング最初の世代でワンルームマンションスタジオの経験しかなかった自分には恐ろしく快適な環境だった。 当時はNYでマスタリングすることが珍しくて、それを売りにもしたけど、それ以上にSpellboundの12"ヴァイナルの太い音はこのチームとスタジオ環境によるところが大きかったと今になって改めて思う。 ケンジはすでに日本でのキャリアもあって、当時からUAのNYレコーディングを担当してたりしたんだけど、一度DJ Hiroさんから頼まれて某DJの仕事でケンジのスタジオを紹介したことがきっかけで、俺が帰国したその後も、ヒロシ君がA&Rを担当していたJuju のNYでのホームのエンジニアとして活躍していたらしく、晩年にヒロシ君から感謝されたこともあったな。レコーディング機材の発達でKampo スタジオももう無くなったときいたのもその時だったか。#spellbound #bentheaceproduction #muro #daisandanraku97page #new7inchcomingsoon #preoder #linkinmybio #brooklyn #funkyslicestudio #Twigy #eggman #gkmaryan #djhironyc #masterkey #kampostudio #downtownNYC #devlarge #1996 #1997 #1998 #history

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ムロのことは、直接知り合う以前から、クラッシュポッセのラッパーとして知っていた。上京して1年くらいで初めてデカい箱、竹芝にあったink stick でメジャーフォース・ライブの客入れDJをやらせてもらった時に、Kool & the Gang なんかのサンプルネタをプレイしてたらDJ GOと一緒にわざわざブースに来てプロップスくれたり、DJ BarでDJ Krush の出演終わりでDJ引き継いだ時にかけたWilliam De Vaughnにこういうのがいま好きだと話しかけられたり、Source マガジンに載ってたPete Rock &CL Smooth "All Souled Out EP"を六本木Wave でピックしてさらにエサ箱漁ってたらムロもやってきて、これヤバいよね流石だね〜 とか、レコードを通じて話す機会が何度か重なり、そのうちYTRと組んで活動し始めたら現場でもしょっちゅう顔を合わすようになっていつの間にか仲間になっていた。 それが90-91年頃でDJでヒップホップ廻してた先人達はハウスだアシッドジャズだと当時の流行のスタイルに移行して、本気で好きなだけの人間しかヒップホップを続けてなかったから、同じ匂いを放つ同士、しかも特に濃いメンツが繋がっていく偶然は必然だったんだと思う。(Krush Posseの写真はRBMA JapanのMuroのインタビューから http://www.redbullmusicacademy.jp/jp/magazine/interview-dj-muro ) #muro #japanesehiphop #bentheaceproduction #spellbound #daisandanraku97page #20thAnniversary #7inchvinyl #comingsoon #history #tbt📷

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