B-Side Wins Again ソウルの時代

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……. 1950年代に黒人音楽市場が再興し、音楽産業が盛んになると、ゴスペルのレコードも発売され、教会の反発を買いながらも人気を得るようになる。やがてレ イ・チャールズというゴスペル出身の歌手が1954年にR&Bとゴスペルを融合させたスタイルを確立して大成功をおさめると、多くのゴスペル歌手 達が教会以外のクラブや劇場で歌うようになり、ゴスペルの世俗化は一気に進んだ。

こうしてR&Bとゴスペルの融合から生まれた新しい音楽は「ソウル・ミュージック」と呼ばれるようになり、ロックンロールという名前で白人大衆向けに薄め られ、普遍的なスタイルとなってしまったR&Bにとって変わる黒人音楽となっていった。ロックの白人R&Bイミテーターが10代の青臭い葛藤をテーマにし たうたばかりを歌っていた一方で、ソウルは若さも大人の成熟もある黒人の生活全般を反映した主題の歌で、広く黒人達の間で支持された。

1950年代から1960年代にかけて、ビルボード誌のR&Bチャート(黒人音楽市場の人気チャート)で1位を獲得した曲のリストを眺めてみると、 1956年から58年にかけてのR&B全盛の時代にはロックンロール人気の影響から、エルビス・プレスリーの曲が6回も1位になったり、ポップ・チャート (白人向け市場の人気チャート)にもクロスーオーバーして1位を獲得した黒人音楽が60曲中20曲を数えるなど、白人の聴く音楽と黒人の聴く音楽が共通し ていた。しかし1960年代に入り、ソウルが黒人の間で人気になると再び白人と黒人の聴く音楽の指向が分離し始める。

ロックンロールが完全に白人の音楽と化し、黒人がそれに背を向けて新しいスタイルを作り出したのである。

続きは Minority-net で。

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