カテゴリーアーカイブ: B-Side Wins Again

 

 

7.22.2011 @Ageha “BBP SUMMER JAM”

BentheAce Spellbound 2011 Vol.7 with YTR★

BentheAce Spellbound 2011 Vol.6 with YTR★

YTR is Back…………BentheAce Spellbound 2011 Vol.5

minority-net から一部抜粋

第4節 文化的武器としてのラップ

これまでのアメリカの黒人音楽の変遷の歴史からすれば、あるスタイルの黒人音楽がアメリカ社会全般でポピュラリティを得ると、そのスタイルが盗用されて白 人が中心のアメリカ主流文化向けにあたり障りのない程度に薄められ、その音楽が生み出す利益も白人中心の主流マーケットを牛耳るメジャーレコード会社に独 占されて、黒人社会からは離されて手出しできなくなってしまってきた。  しかし、ラップ・ミュージックは主流文化へクロスオーバーし、その白人の間でのポピュラリティや、白人のラッパーやラップグループなどフォロワーが存在 し、なおかつ主なヒップホップレーベルが大企業メジャーレコード会社と提携契約してその利益の分け前をシェアしているのにも関わらず、黒人社会と密接な関 係を保ってきた。

その理由として、ヒップホップ・カルチャーの価値観が、自力本願の、自己充足的な考え方に基づくものであるということが考えられる。 人種統合という理想を追求した同化思想によって、軽んじられ、弱体化していた黒人文化の伝統を生き返らせたその新しい価値観は、白人中心の主流文化の社会 とは地理的にも、物質的にもかけ離れたゲットーという限定された環境において生まれたものであるが故に、アメリカ主流文化の価値観とは違った、黒人達の持 つ民族独自の文化的価値観を肯定するものであり、ゲットーに住む人々に自尊心を与えうるものとなることができたのである。

過去のアメリカの黒人の歴史において、黒人が同化思想に固執し続けた理由には、主流文化における人種差別的な黒人観の影響から黒人達自 身が自ら自己不信に陥り、その劣等意識から黒人文化を肯定しきれずにいたということがある。アメリカの社会には、過去の奴隷制を正当化する為に考え出 された差別的人種観、白人は人種として優れているが故に劣等人種である黒人を奴隷にできる、と言う考え方が現代にも根強く残っている。 あまりにも根強く残っているので、社会的に人種の平等が保証された現在ではそれがあからさまにおもてに出ることがないだけに、黒人も白人も無意識のうちに 洗脳されてしまってその影響下にあるのに気がつかないのである。『マルコムX自伝』において、マルコムがアフリカに旅行した時にある白人のアメリカ大使と の会話でこのことに気づいたと言うくだりがある。

『….私はいった。「つまり、人種差別主義者であるのはアメリカ白人という人間そのものではなく、白 人のなかに自動的に差別心理を育てているのはアメリカの政治的、経済的、社会的な雰囲気だということですね。」彼はそのとうりだといった。私たちはまた、 アメリカ社会は、アメリカでの人間同士の出会いと皮膚の色の違いに無関心になることを、ほぼ不可能にしているという点で意見が一致した。さらに私たちは、 人種差別が撤廃できるなら、アメリカは富めるものも貧しい者も、ともに本当に人間らしい暮らしのできる国になるだろうに、という点でも一致した。 大使とのこの会談のせいで、私には新しく見えてきたことがひとつあった。―それは自分でも気に入っている。すなわち、白人は生まれつき邪悪なのではなく、 アメリカの人種差別社会が邪悪な行動を引き起こすように影響を与えているのだ。社会こそが人間の最低、最悪の部分を引き出す心理を生み育てているというこ とである。』
(マルコムX/アレックス・ヘイリー著  『完訳マルコムX自伝(下)』2002年 中公文庫)

続きはminority-netで。

minority-net から一部抜粋

……………..しかし、パブリック・エネミーのリーダー、チャックDによる

「ラップは黒人のCNNである」

という発言がラップについての説明に用いられる常套句となっていたように、実際に、ラップはヒップホップ・カルチャーを構成している黒人を主体とした集団 の生活様式を彼等の言葉で率直に表現するものであり、それはラップという表現手段によって以外には伝えられることのなかったアメリカ社会の現実の一部を表 わしている。  白人が主体のアメリカ主流社会のメディアのラップの扱い方は、ラップが表現する黒人社会の問題が山積みになっている状況の根本的な原因や、文化的差異を一 切無視した人種差別的なものである場合が多く、それらのほとんどは揚げ足取り程度のものに過ぎない場合が多かった。

ジェームス・ブラウン自身も自叙伝のなかで、アフリカ・バンバーターとの1984年の共演に絡めて次のように述べている

「俺はラップやブレイクダンスやその他ヒップ・ホップから出て来たすべてを高く評価している。こういった レコードの多くは、コミュニティ-の問題を表現したメッセージだ。正しく使えば、こうしたレコードは60年代に起きたような暴動が再び起こるのを防ぐ助け になるだろう。コミュニティーがさまざまなことに対してどう感じているか知っていれば、何か手を打つことができるわけだ。俺は議員や役人、警察や判事たち に、混乱がふたたび起こる前にこういうレコードを買って、みんなが言っていることをよく聞くよう勧めたい。誰も1968年を繰り返したくなんかないんだ。 何が間違っているかを見つけたいんなら、みんなラップのレコードを買えばいいんだ。それが共通の基盤になるかもしれない。」
(ジェームス・ブラウン ブルース・タッカー著 『俺がJBだ!ジェームス・ブラウン自叙伝』 2003年 文春文庫)

ヒップホップ・カルチャーが提供する人種観、世界観は、人種統合思想や人種のるつぼ論のような現実を無視した理想論を振りかざすリベラルでも、保守的なものでもない。 ラップの商業的な成功と拡大は、アメリカ主流文化の受容やアメリカ文化における人種性の意義の無視、ブラックスプロイテーション映画のようなバッド・ニガー的なイメージの搾取、などに基づいたものではなかった。

ラップは、オリジナリティと、さらなる段階へ到達しようという欲求を重視した、競争の中で発展し続けてきた。そのような発展はいつも主流文化とはかけ離さ れた都市のゲットーにおいておこっていたものであり、主流文化とはかけ離れたゲットーだったからこそ、新しい表現が誕生してきたのであった。  ラップの発展の過程には、それを鈍らせる危機的な状況が幾度かあったが、ゲットーからのハングリーな新人が新しいスタイルを携えてシーンにあらわれ、状 況を再び活気づけてきた。

90年代前半にはラップは何百万ドルもの利益を生み出すほど商業的に成功し、黒人聴衆の数よりはるかに多い白人聴衆を獲得していた。それにもかかわらず、ヒップホップ・ネイションは反逆的立場と誠実さを失わなかった。

続きは minority-net で。

Night of the livinng baseheads / PUBLIC ENEMY

ビデオ・リンク PUBLIC ENEMY @ PVTV

.………ラップもそうした活発な競争の中から一つの音楽のスタイルとして確立されてきた。最初はDJ自身が喋っていた、場を盛り上げるための韻を踏んだフレーズ や、聴衆とのコール・アンド・レスポンスのやりとりを専門のMC(マスター・オブ・セレモニー)が受け持つようになり、そこから発展してMC達がブレイ ク・ビーツに乗せた自作のライムを競い合うようになったものである。ラップという、音楽のリズムにのせて喋るという形態の楽曲自体は黒人文化においては決 して新しいものではない。ジェームス・ブラウンやアイザック・ヘイズのようなソウル・アーティストや、古くはボー・ディドリ-やルーファス・トーマスのよ うなリズム&ブルース時代のアーティストも同様の手法を使った曲を発表している。しかし、その根源はもっと基本的な、黒人達の日常会話の中に存在する性質 そのものである。

黒人の口承文化の研究家であるロジャー・D・エイブラハムの70年代のエッセイによれば、『ラップ』とは言葉を巧みに使った言い回しで あり、いかに無理のない自然な言葉、技巧を用いてウィットに富んだ独自の言い回しをするかを競う『ラッピング』は黒人の日常生活のあらゆる場面で行われ、 それに優れている者は人々から尊敬されたという。さらに、そのルーツはアフリカ大陸にまで遡れるとして、ジョン・ブラッキングのアフリカ文化研究『ヴェン ダの謎々の社会的価値』から引用している

「ヴェンダ族では、地位を決定するのは年齢と身分であるが、そこからさらに出世する方法はわずかしかな い。  ….最大の栄誉は、単語とか文章を巧みに使える人、あるいは、様々な歌詞を知っているか即興で作詞できる人、あるいはさいころを振って祭文を 早口で唱えられる人に与えられるようである。…….言葉の知識、形式ばった言葉の知識は呪術的な力である。この知識が強い印象を与える場合が多い ので、呪術的な力を実際に用いる必要はない。」
(ロジャー・D・エイブラハムス「黒人の話術」 J・F・スウェド編『ブラック・アメリカ』所載 73年 研究社)

つまり、こうした性向がアフリカ起源の伝統である口承文化の一部として黒人文化の文脈に昔から存在していたのである。黒人文化におけるバッドニガー説話を 語る形式である『トウスト』や、お互いの母親の悪口を言い合って、いかに平静を保って相手を言い負かしてやりこめるかを競う言葉遊びである『ダズンズ』な どはそのような文化的性向から生まれてくるものであり、黒人ラジオのパーソナリティ・ジョッキーの躁病的な独特のスタイル(ジャイブ・トークとも呼ばれ る)も同様である。  ヒップホップにおけるラップも、そうした黒人文化の伝統に基づいたものと考えられる。現在の『フリースタイル』という、ラッパー同士が互いに即興でラッ プする能力を競い合うという形式は過去の『ラッピング』や『ダズンズ』の伝統にそったものであるし、ストーリー性を持つ『トウスト』的なスタイルのラップ も一般的である。 また音楽的に、その言葉をブレイクビートのリズムに乗せるやり方や特徴的な言い回しといったラッパーのスタイルにオリジナリティが要求 されるという点についてや、コール・アンド・レスポンスのやりとりなどは、黒人音楽の本来の伝統を甦らせ、受け継いでいる。……………


続きは Minority-net で。

minority-net の NEW RELEASE で、”SPELLBOUND ’96″ を紹介してくれています。

TOPPAGE > NEW RELEASE > SPELLBOUND 96 / DJ BEN THE ACE

クロスオーバーの幻想に囚われたメジャー・レーベルやラジオ局からの音楽は、ゲットーの黒人にとってもはやかつてのように自分達の生活に馴染むものではなくなっていた。クロスオーバーが想定するマーケットからは外れたゲットーの黒人社会には音楽の真空状態が発生していた。

「今から考えると、ラップ、もしくはそれに似たものが登場することが予言されてもしかるべきだった。第2 次世界大戦以降10年ごとに、黒人ダンス音楽に対する何らかの新しいアプローチが出現しているのだから。40年代にはリズム&ブルースが、50年代には ロックンロールが、60年代 にはソウル、70年代にはファンクとディスコが、それぞれ登場した。80年代にも何かが現れるはずだった。」
(ネルソン・ジョージ 『リズム&ブルースの死』 ’90年 早川書房)

と、ネルソン・ジョージが指摘しているように、その音楽の真空地帯にまったく新しいスタイルの音楽が生まれたのである。その起源は1970年代、ニュー ヨーク市の5つの区の中でも”アメリカ最悪のスラム街”、”都市腐敗の縮図”、”絶望の街”、”ゲットーの中のゲットー”などと呼ばれることもある、ブロ ンクス区に求められる。  黒人が都会に移ってきた当初から、レコードを持ち寄って開くホームパーティーは手軽な娯楽として一般的であったが、クロスオーバーの時代、ゲットーの音 楽の真空状態を埋めるものとして一層盛んに行われるようになった。当時、ディスコの大流行で一般的になった、レコードプレイヤー2台をミキサーに繋いで曲 を途切れさせることなくかけ続けていく方法がゲットーのホームパーティーにも持ち込まれ、クロスオーバー志向では「黒すぎて」プレイリストから外されるよ うな曲がプレイされていた。(ジェームス・ブラウンがその代表格)

そこにジャマイカからの移民であるクール・ハークというDJが革新をもたらした。

ゲットーの黒人聴衆の好んだダンス向きのブラックミュージックではブレイクと呼ばれる、歌の1番と2番のあいだなどの楽器演奏だけのリズ ミックなパートがあり、その部分にくると1曲の中でもダンサー達が一層激しく盛り上がるのだった。しかし、大抵そのブレイクの部分は短かったので、ハーク は同じ曲のレコードを2枚使って、2台のレコードプレイヤーでそのブレイク・パートだけを交互にかけ続けてブレイクを引き延ばすという方法を編み出し、 ゲットーの聴衆達に熱狂的に受け入れられた。

続きはminority-net.comで

ブロンクスを案内し、70年代のパーティの模様を撮ったフィルムを見せるクール・ハーク。(1984年)

第4章 アイデンティティ・クライシス

3 ブラックミュージックの弱体化

経済的・物質的な成功を求めてクロスオーバー志向が強まった結果、ブラックミュージックは黒人のための音楽としての質よりも、白人聴衆中心のメインストリームの音楽マーケットでの大当たりだけが重視されるようになり、黒人向けのマーケットでのヒットなどは利益の小さな取るに足らないことのように考えられるようになっていった。それまで黒人音楽業界を育てるのに貢献してきた黒人社会の人々は、ブラックミュージックの経済的拡大から恩恵を受けるどころか、見向きもされなくなってしまった。

実際のところ、大企業レコード会社が黒人聴衆を全く無視したわけではなかったが、彼等の想定する黒人聴衆とは白人社会に受け入れられる、中産階級的価値観を信奉する一部の黒人を意味し、白人社会から物理的にも文化的にもかけ離れて暮らす大部分の貧困層のゲットーの黒人達は眼中になかった。
大企業と契約した黒人アーティストの中でも、黒人マーケットでは確実に地位を持っていたにもかかわらず、クロスオーバー志向についていけないベテランや黒すぎる感覚のアーティストは売れ行きだけを重視する業界から締め出されてしまい、行き場がなくなってしまう。そのような大成功かクビかという状況のなかでブラックミュージックが本来持っていた魅力はますます失われていった。

行き過ぎたクロスオーバー志向はブラックミュージックの経済的拡大よりも、ブラックミュージックの生命力を弱め、黒人文化の伝統から遠ざけるものであった。

続きは Minority-net .com の連載ページで。

追記:

今回の投稿分と、前回の「クロスオーバー」をあらためて読んでみて、引っ掛かった言葉をいくつかピックアップしてみる。

「経済優先の風潮」 「大企業が支配」 「クロスオーバー志向」 「上昇志向をさらに押し進めて白人社会へと進出」 「主流文化である白人の価値観に迎合すること」「一部の黒人中産階級と、黒人の大部分である貧困層との格差の拡大」 「机上の空論に過ぎない理想のみを追い求めた」 「黒人文化の伝統的な価値観がぐらつき、黒人としてのアイデンティティが不確かななものになってしまう」

これらのキーワードの「クロスオーバー」を「国際化」や「市場原理主義」に置き換え、「黒人」を「日本人」に置き換えて見ると、2008年現在の我々の日本社会の現状を表わす言葉とまるで同じではないか。

アメリカの黒人社会に起こったことと、現在の日本の社会に起こっていることがそっくり同じことのように感じられるのだ。

おそらく、繁栄する他の民族集団・社会・マーケットをターゲットにしてそこに進出/支配しようとしてくる大企業、大資本などの勢力というのは常に同じ一つの勢力で、地球上のあらゆるところで同じような手口を繰り返しているのではないだろうか。

Sweet Sweetback’s Baadasssss Song 予告

1970年公開の低予算の自主制作映画『スウィート・スウィートバックス・バッドアス・ソング』(“Sweet Sweetbacks Baadasssss Song”メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ監督 http://www.kingrecords.co.jp/visualpack/youga/sweet_sweetbacks/index.html ) の草の根的なインディペンデント興行の成功から始まった一連の”Blaxploitation Movie”(ブラックスプロイテーション・ムービー。ブラックスプロイテーションとはブラック(黒人)とエクスプロイテーション(搾取)の合体した造 語。黒人搾取映画という感じ?)と呼ばれる、 ハリウッドが黒人観衆を動員することを狙って製作された破天荒な黒人主人公の活躍する映画は、映画作品とし ての評価は低いものの、それらの映画が表現しているものは文化的に重要である。

『スーパーフライ』、『シャフト(邦題:黒いジャガー)』などがその代表格であるが、どのブラックスプロイテーション映画もストーリーは似たり寄ったりで ある。 かつては活気にあふれていたアメリカの黒人街が麻薬中毒と犯罪の蔓延で錆びれて荒廃してしまっていて、様々な人種の犯罪組織や腐敗した警察、権力機構に支 配されている。そこに主人公である黒人の向こう見ずで型破りなならず者(”Bad Ass”"と呼ばれるようなタフガイ)のヒーローが立ち向かい、相手を懲らしめ、やっつけてしまうか、まんまと逃げ遂せるかして生き残るというパターンの 物語である。

このならず者のヒーローのお決まりの物語は、70年代の一連のブラックスプロイテーション映画で繰り返し描かれたただけではなく、その原型は絶えず黒人の 間で語り継がれてきた「バッド・ニガー説話(Bad Nigger Forklore)」にあり、その起源は奴隷制の時代まで遡る。黒人文化の特色に高度な口承(文字に頼らず、口伝が主な記録の手段である)文化があるのは 第2章でも触れたが、バッド・ニガー説話は トゥスト(toast)と呼ばれる、全て韻を踏んだ文で構成された独特な形式の物語の定番として強制労働の最 中や、刑務所の中、あるいは街角でのたむろの退屈しのぎの娯楽として語り継がれてきた。それが様々な形に転化し、ついには映画の題材として取り上げられス クリーンを飾ることになったのだ。

バッド・ニガー説話についてロック評論家のグリール・マーカスは次のように説明している。

「その話の無数の版のイメージの中にある原型は、偶発的な暴力と暴力的なセックス、欲望と憎悪、習熟と塾 達、優雅で贅沢な生活といった空想を物語っている。もっと深いレベルでは、それは、日々を入り組んだ限界の中で暮らしていて、自分達自身の間でしかその限 界を超えることのできない人たちにとっての無制限な空想である。それは、誰もがなってみたいあの強靭で活発な人物を描写したものであると同時に、ありきた りの、無意味で見掛けだおしの死の舞踏である。」
(グリール・マーカス 『ミステリー・トレイン』 三井徹訳  89年 第三文明社)

続きは  minority-net で。

フォロー

Get every new post delivered to your Inbox.

現在1,517人フォロワーがいます。